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お釈迦様(ブッダ)物語⑥

お釈迦様(ブッダ)物語⑥


野菜トピックが無い時は日ごろ思っていることを書きます。
投稿刻は午後5時です。
トピックがなくても書くことがあれば投稿することにしました。
その時の投稿時刻は午後9時です。


私の記事は私の勝手な思い込みが多く正確ではないのでそのつもりで読んでいただければありがたいです。
先日も匿名で記事内容についてお叱りをうけました、ご批判はありがたいのですが匿名ではなくムラゴンのIDかハンドル名で
お願いいたします。



■お釈迦様(ブッダ)物語⑥■


 偉大な・哲学者・思想家・心理学者・宗教家?であったお釈迦様(ブッタ)の人生は興味深い物があります。
 今回はお釈迦様(ブッダ)の少青年期について述べます。これも私の創作が入っています。


①スットウダナ王は若き太子(ゴータマ)が出家するのを恐れ、太子16歳の時に従妹のヤショーダラと結婚させました。
 息子がすぐに生まれ太子は障害(ラーフラ)と叫んだそうです、障害児という意味ではなく出家の障害になるという意味です、息子ラーフラは長じて出家してブッダの弟子になります。

 


②快楽の勧め。
 王は太子の出家を恐れ遊女を多数侍らせ快楽に耽らせようとしましたが太子は興味を示さなかったようです。


③勉学。
 王は太子を将来の王にするために釈迦国一流の学者を先生にして勉強させました、もって生まれた才能でたちまちのうちに先生の知識を超えるようになり先生は王に辞職を願い出ました。



③武道の訓練。
 太子は将来の王になるので王は太子に武道の大家をつけ武道の訓練をさせました。
 流石に太子はスキタイの子孫であるので弓術と乗馬に優れていて直ぐに師匠を超えました。
 スキタイは遊牧騎馬民族で乗馬と弓に優れていました。


③遊学。
 インドのカーストの・バラモン・クシャトリア・バイシャは青年期になるとインド西北部に行き新たな西方の・文化・知識を学んでいました。
 ゴータマも約十年かけて遊学しそこでモーセの十戒を知り、後に弟子にそのうちの5戒を守らせました。
 もちろん王はt太子が出家するのを恐れ従者と言われる見張り役をつけました。



 次回はお釈迦様(ブッダ)の出家について書く予定です。